ホラーショートショートに挑戦してみたよ。


スクロールすれば分かるけどかなり短いです。ホラーは書くの初めてです。さてさて上手く出来たかな?


サンタが町にやってくる

♪恋人はサンタクロース♪背の高いサンタクロース♪

 仕事を早めに切り上げた私は町に息子へのプレゼントを買いに来ていた。日はすっかり落ちて月まで出ているというのに、町は青い電飾に包まれ闇に負けまいと輝いていた。まるでそこは夜でも昼でも無い普段と違う異空間――そうクリスマスイブになっていた。ガラスに映りこむイルミネーション。遠くのクリスマスソング。浮き足立った人波。
――しかし私自身はクリスマス…と言うよりもサンタクロースが好きではない。あれはいつだったろうか…おそらく小学生の低学年の頃だっただろう。それは今日と同じクリスマスイブの夜だった。満月の青白く弱い光が私の部屋を照らしていた。壁が薄ぼんやりと青く発光し、それは幻想的でまるで現実ではないような、そう何が起きても不思議ではない空間…そんな感じすらした。普段の自分ならそれは既に寝ている時間だったが、イブのその日だけは全世界の子供がそうであるように興奮して寝付けずに起きて居た。寝ようと意識すればするほど眠りから遠ざかる悪循環。…どれくらい経った頃だろうか、ふと気が付くと私は部屋の片隅に人の気配を感じた。うとうとと眠りに入ってしまっていたのか、それとも音も立てず私の気付かぬ内に何処からか入り込んだのか、確かにそれはそこに居た。赤い服に白いふわふわ、白髪に三角帽、立派な白髭の恰幅の良いお爺さん。私はサンタクロースがとうとう私のところにもやって来たんだと無邪気に思った。しかし同時にこんな遅くまで起きていては良い子とは言えないから、もし気付かれたらプレゼントは貰えなくなると思い寝た振りをしていた。しかしそこは好奇心というものが抑えられない子供の事、チラチラとコソコソとサンタの様子を窺っていた。するとサンタは靴下にプレゼントを納めた後もなかなか帰ろうとはせずに、何故か近寄り私の寝顔をジロジロと覗き込んできた。起きているのを気付かれてしまったのだろうかと私の心臓は激しく回転を上げた。しかしサンタはただ私の顔を観察していただけのようだった。だがそれが余りにも長い…まだ覗いている。息遣いを頬で感じる近さまで寄って来ている。とうとう緊張の耐えられなくなった私は眼を開けてしまった――だが目の前に顔は無く、サンタは既に私のそばから離れていた。その時、去ろうとするサンタの顔が一瞬だけ見えた。それは白髭のお爺さんではなく――私の親父の顔だった。
――それ以降の事は記憶に無い。おそらく失望してそのまま寝てしまったのだろう。朝になって靴下を見るとプレゼントはしっかり入っていた。夢を見た訳ではなかったようだった。結局それが原因なのか、それとも丁度反抗期に入ってしまったのか、それ以来、親父とは反りが合わなくなってしまった。妙に他人行儀になってしまい会話も続かなくなった。私が大人になった今に至っても殆ど連絡は取っていない。
 だから今日のイブも特別に息子に何かしてやるつもりは無かったし、ましてやコスプレしてまでしてサンタを演じる気にはならなかった。だから息子には、お父さんはサンタと面識が無いので家には来ないだろうし、来ても友達でも何でもないので家には上げないと言ったのだが、妻や息子そして世間の圧力に負けて、こうして渋々プレゼントを買いにきたわけである。買うものは分かっていた。住所など知らないというのに渡されたサンタへの手紙に欲しい物が書いてあったからだ。宛先は何処で調べたのかフィンランドとなっている。子供は欲望に正直というか無邪気というか何と言うか純粋である。私も気になってサンタについて調べてみたのだがモデルとなったのは聖ニコラウスだとか、あの紅白の衣装はコカ・コーラの宣伝戦略と言われているがそれはガセであるだとか、表面的な知識は得られるのだが、その正体となるといかんせん不明だった。単に架空の存在と切り捨てても良いのだが、切り捨てるにはどうにも世界での共通認識が強すぎる。神や悪魔、妖精の次くらいに信じられているのではないのだろうか。サンタがあの姿で認識されるようになったのは1862年頃からだが、それ以前にも日本には赤い服を着て首の無い馬に乗ったお爺さんの「歳神」、ドイツには紅白の服を着て良い子にプレゼントをする「ヴィアナッハマン」、英国の「ファーザークリスマス」など、それらしき原型は太古の昔から居ることが分かった。まあそんな事は良い。サンタが居るならいるでそれは夢の有る素敵な話だし、私のように幻滅してしまうのもまた勝手だ。問題は居る居ないの単純な話じゃないんだ。
――私が気になるのはサンタは何の為にそんなことをしているのかという目的の事だ。一体どんな理由があって子供にプレゼントなどするのだろうか?子供に取り入って何をしようというのか?それが分からない内は世間並みにクリスマスを祝う事など私には出来ないだろう。
 そんな事を考えている内に家に着いてしまった。妻と子供は不二家のケーキとケンタッキーのフライドチキンを用意して待っていた。プレゼントは見つからないよう玄関の外に置いて来た。まあ結局のところ私の思惑とは裏腹にしっかりと世間並みのクリスマスになっていた。馬鹿騒ぎの夕食が終わり、祭りの後のように子供が寝静まった頃、プレゼントを取りに玄関の外に出た。外はあの時と同じ満月だった。私はプレゼントを持つと青白い光に照らされた廊下を通り息子の部屋へ向かった。
――息子の部屋の前に誰か居る。いや誰かではない――何かだ。満月の青白い光に照らされたそいつはニチャヌチャといやらしく動き、糸引く粘液を出しながら大きさを増していく。増え続けるその肉塊は青白から次第に白へと変わり所々は赤へと変わる。それは無秩序に増えるのをやめ、まるで指向性があるかのような規則性を持って一定の形をとりつつある。既に大きさは私よりもやや大きい。暫くすると肉塊は人の形になった。いやそれを人と呼ぶのは人間に対する侮辱でしかない。それは人間の尊厳を嘲笑するかの如く、次第に完全な人の姿になりつつある。その一部が独立して赤と白の服の様になり、一部は白い髪と白い髭となった。まるでそれは溶けていくプラスティックのサンタを逆再生で復元しているかのようだ。――だがそれはサンタクロースなんかでは決して無かった。一度動きが止まり、見掛けは完全なサンタクロースとなったそれはゆっくりとこちらを向いた――その顔はかつて見た親父の顔だった――やがてその顔は次第に私の顔へと――