旧帝国陸軍ライトノベル学科



春になると春一番よりも先輩風が吹き荒れるよね。ベレー帽です。こんばんわ。


さて旧帝国陸軍、731部隊、電波兵器、怪力光線、帝銀事件、風船爆弾…etc

べれこれらの厨二病な単語を聞いてwktkする不謹慎な物は居るか!?」
馬岱「ここに居るぞ!ジャーン!ジャーン!」

そんなこんなで登戸研究所、第5棟最終見学会に逝って参りました。


場所は明治大学生田キャンパス内です。この明治大学と言うところは御茶ノ水のほうは拷問具集めてたりと中々分かってる大学ですなぁ。




今回はその第5棟が老朽化が激しくて危険ということで、解体となってしまったのですがその前に最後に見学会をしようという事で、大して告知もされていない筈なのですが…向かってみるとそこには何故か女子高生や女子大生が!はて?日曜なのに?まさか廃墟女子?いや旧帝国陸軍女子?

…その先で英検会場がありました。ぐぬぬ。

実際はこんな情報何処で知ったんだよって位の人が集まってました。11時で500人超えたみたいです。私は9時30分には着いてました、え〜と女子は居ませんでした。かといって当時、登戸に勤めていたという関係者たちでも無く、ほんと何なのこの人達www





確かに酷い状況で勿体無いけど壊すしかない状況だと言うことは分かると思います。
ここは当時は偽札印刷所として使われていて当時として45億円の中国元を刷ったそうです。

偽札でただで物資を調達し、かつ中国経済を不安に落としいれる一石二鳥の作戦。
あんまし上手くいかなかったみたいですが。
とはいえ基本的にここ登戸の資料はGHQの接収前に処分して秘密になったので詳しくは分かりません。

まあそこでオカルト的な噂が出てくるのですがwwwナチスのUFOかっつーの。

これとこちらのモダンな建物は常設の33号棟を改築した登戸資料館。



33号棟は枯葉剤の研究を行っていたとされています。
この建物は一応当時の建物なのですが補修しすぎでなんだかなぁと言う感じです。というわけで保存も解体もどっちもどっちなんです。

それにしてもたかだか65年でボロボロって…木造って400年くらい楽に持つと思ってたよ。人が管理しないと駄目なのね…。

館内では撮影は禁止ですが許可を申請すれば撮る事が出来ます。ただ当時の写真や新聞記事には著作権がありますので写真の写真はやめてくれとのこと。



風船爆弾は10分の1スケールです。和紙は本物。

通称では風船爆弾とされていますが、実際には10Mもある気球で、ちゃんと高度維持装置とバラストが付いています。爆弾の代わりに兵士を二人乗せる計画もあったそうです。
10000発を飛ばしましたが1000発前後届いたのではないかといわれています。
証拠隠滅の自爆装置が付いていたせいで、その実数は不明なのです。
世界初の大陸間兵器ということで、その脅威から当時のアメリカが情報を統制して届かなかったことにしていたせいもあります。結局成果が分からずやめてしまっています。

被害としては山火事などを起こしたそうです。また戦後ですがピクニック中の6人が不発の風船爆弾を見つけていじってしまい死亡するという事件も起きています。

牛疫ウィルスを積もうという案も出たそうで、実際にやることは出来たのですが生物兵器は国際的に禁止されていたのでアメリカの報復を恐れて焼夷弾程度に抑えて使っていました。…アメリカは民間人相手に原爆落としてきましたけども…。

ちなみに気球の中は水素なのですが、当時アメリカは和紙で出来ていることまでは突き止めましたが、その糊がどうしても分かりませんでした。
正体は群馬のこんにゃくでした。
こんにゃくと和紙と偏西風で世界初の大陸間兵器を造るとは…

その他の研究棟では、怪力光線(雷誘導や電波兵器)、青酸ニトリル(戦後の闇、帝銀事件の謎)、真偽は怪しいですが731部隊や人体実験なども行われていたとかいないとか。

終戦間際の敗戦国は一発逆転狙ってオカルトに走るのが実に興味深い。
これらの噂が全て史実ならヒトラーのオリジナルと共に宇宙に旅立っていると思われます。

資料館の奥の弾薬庫。入れません。


キャンバス内に二つの陸軍マーク入り消火栓が残っています。


動物慰霊碑は付近の工事中で入れませんでした。残念。
残っている建物は以上です。


基本的に廃墟という物は当時の姿を妄想して楽しむものだと考えていますが、…ここだとどうしても
陸軍中野学校の残党組織が人体実験で能力者を育成して裏社会でロックフェラーとバチカンの秘密機関と今も戦っている!!

なんつって