もったいないお化け


昨日「いかりや長介」特集を見ました、大いに笑いました。昔と同じところで。

ところで俺が一番好きな馬鹿兄弟やらなかったんだけど、なんか問題でもあるんですか?

「兄ちゃんか?」「本当に兄ちゃんか?」
「ああ兄ちゃんだよ。」
「じゃあさ、日本の総理大臣は?」
みたいな。
芝居の間ずーっと、長さんがおもちゃで遊んでいるのが楽しい。何でやらないかなあ。ただ良かったところはフジだけど局に囚われずTBSの全員集合の映像も使っていたところですか。(ちなみに全員集合の3枚組DVDつまんないです。)

番組は大いに笑わせて貰ったんですが、最後ちょっと涙が出ました。長さん俺の中で結構大事な存在だったんだなあと、思いました。ああゆう年の取り方をしたいものです。ちなみに志村と加藤茶は人間的にあんまし好きじゃないです。好きなのは長さんと仲本工事。結局
、馬鹿兄弟か。



で、思ったのが世代ギャップというかなんと言うかドリフを知らない若い人達というのも当然いるわけで。言葉の壁ならぬTVの壁といいいますか、ふと気になって調べてみたのが、この

もったいないお化け 教育
テレビ 制作:1982年12月 電通大阪
テレビ番組「日本昔話」より題材を得て、同じアニメーションで食べ残しをなくそうと訴えた1作目。ナレーターは常田富士男(俳優)、市原悦子(女優)。
テレビ(60・30秒)※英語版60秒も制作

もったいないおばけのCM
http://www.youtube.com/watch?v=APRZ2Fi7cS4

資料あんまり集まりませんでした。いつまで流していたかは分かりませんでした。


通常、自分は何か「もったいない」状況にあると「もったいないお化けが出るぞ」と言ってしまいます、そうオサーンがお風呂で極楽極楽いうみたいに。自分が小学生の時には確実に流れていたので’90年くらいまでは流れていたんじゃないかと。


さて自分自身というものを記憶の集合体として捉えると、TVの占めるウエイトはかなり高いんじゃないかと思うんです。個人のAちゃんとBちゃんが絶交したとか小学校でお漏らししたとかの個人のローカル体験は、まあそのへんが個性になっていくんでしょうが、むしろTVを介した共通の記憶は同世代の全てが体験していることなんです。すると私を形作るものはドリフ、ひょうきん族、カトケン、欽どこ、笑ってる場合ですよ、
ガンダムetc,etc.etc
あ、コロコロ、ジャンプ、マガジン。ドラクエ、FFあたりはTVに匹敵する力があるかもしれない。

いずれにしても世代の壁というものがある訳です。

ところがですよ。これをDVDなり、復刊とかで見るとするじゃないですか。そうすると簡単に壁に扉が開くんですよ。ウルトラQを見れば60年生まれと会話が通るようになり、デュエルマスターズを見れば今の小学生とも話が出来るようになるんです。これは大変素晴らしい事と思うのですよ。勿論、時代の風とか体験する年齢とか無理も生じるんですが。それでも得るものは大きいです。


で、オタクは昔からこうゆうことをやっていまして、おたくはちゃんと過去を遡るし最新作も押さえるんですよ。スーパーロボット大戦なんか良い例ですよね。自分が生まれた世代に縛られるのは実にもったいない話で。
もったいないお化けが出るぞと。


若い世代にも、いかりや長介とドリフの良さを知ってもらいたいなあ。と思う今日この頃です。何か今日は真面目な文章になってしまいました。ええ俺、
知っての通り真面目人間ですから!