短編小説を書いたよ。


前のくだらない日記みたいな出来損ないと違って自信作なので読んで感想など頂けると頂けます。

分量は26716文字なので文庫本サイズで言えば50ページ前後でしょうか。短編というべきサイズだと思います。
一応普段の文体に近いので、そこそこ笑いは取りいれてありますが
基本的にシリアスです。すみません。ジャンルは時間SFになると思います。舞台は日本の1999年。ブギーポップとかパルプフィクションとか20世紀少年みたいな入り組んだ構成の物を想像してもらえると良いかと思います。

パクリではなく吸収、消化して再創造したと思ってますが、特に影響があるのが20世紀少年(実はスピリッツ連載前からこれの脚本は出来てました、あまりに似てたのでびっくりしたのを覚えてます、先に出されたので後の祭りですが…)とブギーポップは笑わない(これ無しにはこの構成は有り得なかったです。)大槻ケンヂの文体とかJOJO台詞とかその他の様々なものに感謝と既読であることは明記しておきます。

直接に感想など聞きたいので掲示板にある事無いこと書きまくっちゃってくれるとまくっちゃってくれます。そしてまくっちゃってくれます。

それではどうぞ。

■ 秋葉原で蝶が羽ばたくとニューヨークで桶屋が儲かる
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◆ ハリウッド・スターみたいに
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 世間でノストラダムスがどうのこうの言っていた1999年7月の月、S県風吹町。人口約3万人の小さな町、快速も止まらないその小さな町で、一人の男が世界を救った。自分ではその事に気付かずに、また他の誰も気付かずに。

 上遠野直樹19歳、大学生。
 7月25日、午後5時。

「――残り30分でグランドフィナーレです。」
 上遠野はアパートの自室でテレビをぼーっと見ていた。いや見てはいるのだが頭には入っていないと言うのが正しいか、目の焦点もあまり合っていなかった。
「――今年の24時間テレビ「愛は地球を救う」も残すところ30分となりました。現在までの皆様の募金総額は1億5670万飛んで7円。ご協力あり……」
 総合司会の徳光さんがプロの職業涙を流しながら叫んでいた。
――今年も又やってるのか…地球を救うには一体どんだけ「愛」が必要だって言うんだ?上遠野は嫌味たらしい溜息を洩らした。皮肉屋の上遠野はこの手の偽善的な番組を嫌っていた。意味不明な芸能人マラソン、障害者のドキュメント、貧しい国々の実状、etc、etc。確かにそれらは感動的で同情的涙を絞りだす話ではあるが、だからといってそれを24時間も押し付けられては敵わない。乱暴にテレビを消すと近くのコンビニまで夕飯を買いに出かけた。
 コンビニに着くと40過ぎの禿げたおっさんが駐車場でゴミを燃やしているのが見えた。はじめ暗灰色のTシャツを着ているのかと思ったのだが、よく見るとそれは本来は灰色のTシャツが汗のせいで濃いグレーに見えるだけだった。ひどい汗っかき王っぷりだ。それが店長の安孫子さんである。近所で常連と言うこともありお互いにある程度顔見知りであり、お天気から景気の話まで当たり障りない会話の出来る敬語な仲であったが、今日は煩わしさを感じて声も掛けずに店内へ入った。幸いこちらには気が付かなかったようだった。
 店は悪名高きフランチャイズ契約のいわゆる普通のコンビニなのだが、店長が何かのアニメキャラの手書きイラストPOPを付けて「店長オススメ」とか地味な努力がそこかしこに見える。だがオタクゆえの悲しさか、店長がやればやるほど逆効果で気軽に入り易いコンビニからはかけ離れてきている。客は今日も上遠野しかいない。その内フランチャイズの本部から指導という名のお灸を据えられるんじゃないのか?などと余計な心配をしながら店内を物色していた。夏休みということもありTVが野球や特番ばかりでつまらないので、TVゲームでもしようかとPSソフト「街〜運命の交差点〜」をふと手に取った。PSベストで店長オススメとあったのでせっかくだから買うことにした。カップ麺、ジュースなどの夕飯とゲームソフトそして5000円札を出した。――しかし何故か店員がレジをしようとしない。不審に思って見ると店員は勉三さんみたいな眼鏡を掛けている高校生くらいの女の子で、そのため顔は良く分からないが――まあ、あれだ下の中くらいだろう。クラスで言えば地味で印象が薄く記憶に残らない感じだ。腕には男性系雑誌の広告で見るような胡散臭いパワーストーンを巻いていた。つい最近に雇ったバイトなのだろうか?今日初めて見る顔だ。その店員が何か呟いている。
「……ゆんゆんゆん…ブツブツ……大丈夫、救世主は必ず見つけるわ。」
――何だよこいつ?上遠野は薄気味悪さを感じた。しかしだからと言ってそれに対してすぐに何か行動を起こす様な決断力は持ち合わせて居ないので、ただただ戸惑っていると店員は普通にレジ打ちを始めた。ホッとして清算を待っているとレジ横の24時間テレビとタイアップした募金箱が目に映った。
「愛は地球を救う。」箱にもお馴染みのテーマが書いてある。
――俺が少々の金を募金したって世の中は少しも変わんねえよ。地球を救うのはブルース・ウィリスとかシュワルツェネッガーとかに任せておけばいいのさ……
 そんなことを考えている内にレジが終わった。商品を取って帰ろうとすると
「あ!ちょ、ちょっと!」「お兄ちゃんお釣り!お釣りなんですぅ!」と店員に呼び止められた。

「ああ、いけねえ、お釣りか…」手を出す上遠野。

「えっと、えっと10円のお釣りになりますぅ。」
「……ごめんねお兄ちゃん。お兄ちゃんは魔女に殺されるかもしれないの。」
「???」「痛!!!」上遠野は突然手に突き抜ける様な痛みを感じて10円玉を落としてしまった。手の平からは血が滴っている。店員が手に注射器らしきものを持っているのが見えたが素早くしまってしまった。
「な、何するだぁー!」上遠野は大声で叫んだ。
「お兄ちゃんどいて!」店員は上遠野を押しのけて出ていったが、ちょうど大声を聞きつけて入ってきた店長に入り口で止められていた。
「ちょ、おま、何事です。」
「前世からの約束なの!」店員の言うことはさっぱり分からない。
「あ、上遠野さんどうも、ばんわ。」
「こんばんわ。」上遠野も店長に釣られてつい挨拶してしまったがそんな状況ではない。
「上遠野さん一体どうしたの?」
「ちょ店長、何なのこの店員!ちょっとこれ見て下さいよ、何かされたよ!?」血だらけの手を店長に見せた。
「ちょ、ともちゃん、どーゆーこと?」しかしもう店員は隙を見て外へ走って逃げていってしまった。
「店長パトカーを呼んでください!」
――ウイーン――自動ドアが開いて入れ替わるように婦警さんが入ってきた。婦警さんはどこかおどおどしていて気弱そうに見える。歳は上なのだろうが顔は可愛いらしい感じで上の中くらい、クラスで言うなら3番目以内、放課後に笛が盗まれるLVだ。バストはDかEはあるだろう。靴紐が結び難いLVかな――が、今はチェックしてる場合ではは無かったので、随分タイミング良く婦警さんが掛け付けたものだなというくらいの認識だった。
「いらっしゃいませ!」店長が挨拶した。
「あ、いや私、あの、警察で、お客じゃなくって。あ、いや、そうじゃなくって今、大きな声が、な、何か事件ですか?」
「丁度良かった、ちょっとこれ……」上遠野が婦警さんに説明しようとした時、ふと見ると店長が変な、まるで豚が悪いものでも食ったような顔をしていた。
「ん?どうしたんです?店長?」すると益々顔を引きつらせてピクピクさせている。毒じゃがを食わされた可哀想な象のモノマネでもしてるのかと思った。暫くすると店長が指を口に当てシーッのジェスチャーをし始めたので、良くは分からないが喋らないでくれと言う意味だという事は伝わってきた。何故そんなに顔を引きつらせているのかまでは分からなかったが…。上遠野にしても確かにこの程度の事で警察沙汰にするのは嫌だなと思っていたところだった。
「あ、いや、何でも……ありません。」上遠野は自分でも下手な嘘だと思った。
「え、でもあなた大声出してましたよね?」
「そうですか?気のせいではないですか?」上遠野はこうなったらと嘘を付き続けた。。
「…いえ、…でも、確かに聞きましたよ。」
「だからぁ!何でも無いって!」つい大声で怒鳴ってしまった。自分の嘘の下手さ加減と婦警さんのおどおどした態度にちょっと苛立ってしまったのだ。
「…そ、そうですか…分かりました。…あ、いや、でも……」そのせいで婦警さんは余計おどおどしてしまった。
「あ、いや、つい大声を出してしまいました。すみません。…いえね、ちょっとお釣りを落としてしまってその時にちょっと声を出したかもしれません。」
「これですか?」婦警さんが床に落ちていた10円玉を拾って渡してくれた。10円玉には血が付いていたのだが上遠野は気付かず受け取った。
「そうです、これです。ありがとうございます。どうもお騒がせしました。それじゃ俺はこれで。」
「あ、ちょっと待ってください。ちょっと名前と電話番号控えさせて貰ってもいいですか?あ、あの勿論疑ってるって訳じゃないんですけど、それが私の仕事なんで…あ、駄目ならいいんですけど…」
「うーん。まあ、はい分かりました。」警察に番号を教えるのは何となく嫌だったが断ると余計面倒な事になりそうだったので正直に教えてさっさとコンビニを出た。
「ゴホン!」上遠野がアパートの自室に戻ると咳が出た。それでも先程買ってきたゲームを早速やろうかとテレビを付けた。すると24時間テレビがグランドフィナーレを迎えてサライを熱唱している所だったが、すぐにゲーム・ビデオのチャンネルに切り替えた。暫くゲームをしていたがその内に咳が非道くなってきてしまったので、風邪薬を買いに再びコンビニへ向かった。店は店長一人だけだった。店長も自分と同じく咳をしていた。
「いらっしゃいませ。上遠野さん先程はどうも。ともちゃんならあのまま戻って来てないです。ほんとすみません。」店長は頭を下げた。思っていたよりも禿げていた。なんと言うかまるで山火事にでもあったようなまばらな感じで気の毒だったので直ぐに目線を逸らした…。そんな頭で謝られたら許すしかないと思った。
「ああ、もういいですよ。しかしあいつヤバイ薬でもやってたんですかね?」
「や、ヤク?君まさか本当に…あ、いや何でも無い。」「ん?」
「もとい風邪薬はサービスにしとくよ。」
「いや悪いですよそんな。」無理に持たされてしまった。意地になってお金を払ってもあれなので諦めて貰って帰った。部屋に戻ると本格的に咳が非道くなってきた。出始めると咳が止まらない。熱も若干あるようだ。寝るにはまだだいぶ早かったがカップ麺を平らげ風邪薬を飲んですぐに布団に入った。

 翌7月26日、午前9時。

――ジリリリリリ――上遠野は電話の音で目が覚めた。出ると相手も電話の向こうでゲホゲホと咳をしているのが聞こえた。どうやら男の様だ。
「もしもし、どちら様?」ガチャンと切られた。
「何だよSit!」上遠野はすっかり目が覚めてしまった。しかし咳が全然良くなって無い。しかもよく見ると枕が血だらけになっている。寝てる間に鼻血を出したらしい。だがそれよりとにかく咳が酷い。とりあえず洗うのは後回しにして眠くはないが無理にでも寝て回復を待つ事にした。

 同7月26日、正午。

 上遠野は最後に大きな咳と吐血をした。そして咳は止まった――と同時に呼吸も止まった。

 同7月26日、正午過ぎ。上遠野直樹、永眠。享年19歳。
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◆ 亜美ちゃんは大人しい女の子
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 藤本アコ24歳、婦警。
 7月25日、午後5時。

 藤本アコは違法駐車の取り締まりをしていた。本来なら警察官は二人一組で行動するものなのだが先輩は車でさぼっているので一人で行動していた。
 するとアパートから青年が降りてきて道ですれ違った。コンビニにでも向かうのだろうか?サンダル履きのだらしないラフな軽装だ。別にそれが罪と言うことでも無いので、取締りを再開しようとすると背中に妙な視線を感じた。恐る恐るそちらを見ると、コンビニの店長らしき40過ぎの禿げた男がこちらをジロジロと見ている。何故かしら?と思ったがとりあえず会釈をしておいた。とりあえずビールと言う諺もあるが、とりあえず会釈は条件反射みたいなもので、揉め事を避けたがる藤本の性格そのものといえた。すると相手も笑顔で会釈を返してきたので、はて?こちらが覚えてないだけで本当は知り合いなのかしらん?と思い出そうとして暫く店長の方を見ていた。目が合うと店長はすぐに目を逸らして掃除を再開した。今日は夏とはいえそれ程暑くもないのだが、店長は汗だくで湯気を立てて掃除をしている。周囲の空気が曲がって見える。しかし店の駐車場とはいえ街のど真ん中でゴミを集めて燃やすのは、今どきそれは無いんじゃないかしら?住民から苦情が来る前に警告した方がいいのかしら?というか本当に知り合いかしらん?などとグルグルと考えている内にコンビニの方から――
「な、何するだぁー!」と大声が聞こえてきた。
店長が慌てて中へ走って行ったのが見えた。後を追って藤本もコンビニに入ろうとしたが中からバイトの店員らしき女の子が飛び出して行った。女の子はそのまま走り去っていってしまった。そちらを追いかけようかとも思ったが、まずは状況を知るのが先決とコンビニへ入った。
「いらっしゃいませ!」
「あ、いや私、あの、警察で、お客じゃなくって。あ、いや、そうじゃなくって今、大きな声が、な、何かあったんですか?」
「丁度良かった、ちょっとこれ……」青年がすぐ横まで寄ってきた。
「ん?どうしたんです?店長?」青年のその言葉に釣られて店長を見ると確かにおかしな引きつった顔をしていた。だが青年の陰になってしまってよく見えない。それにしても凄い暑苦しい男だ。まるで土俵入りの時点で既に息切れしている往年の小錦のようねと思った。
「あ、いや、何でも…ありません。」青年はそう答えた。
「え、でもあなた大声出してましたよね?」あれだけ大声を出しておいて何も無いも無いわと思った。
「そうですか?気のせいではないですか?」気のせいと言われて気のせいだった試しは無いが。「…いえ、…でも、確かに聞きましたよ。」
「だからぁ!何でも無いって!」青年に大声で否定されて萎縮してしまった。藤本は大声を出されると条件反射的にくじけてしまう。そういう性格なのだ。そしてそうゆう時は子供の時からの癖で無意識に爪を噛んでしまう。
「…そ、そうですか…分かりました。…あ、いや、でも……」
「あ、いや、つい大声を出してしまいました。すみません。…いえね、ちょっとお釣りを落としてしまってその時にちょっと声を出したかもしれません。」青年の指差す方を見ると確かに床に10円玉が落ちている。
「これですか?」10円玉を拾いあげて青年に手渡した。この時10円玉には上遠野の血が付いていたのだが藤本は気が付かなかった。
「そうです、これです。ありがとうございます。どうもお騒がせしました。それじゃ俺はこれで。」青年はそそくさと帰ろうとする。藤本はこれでは流石にまずいと思った。確かに大した事件では無さそうだったのだが、後で何がしかの事件になり判断ミスだったとなれば、あの先輩の事だ何を言われるか分かったものじゃない。
「あ、ちょっと待ってください。ちょっと名前と電話番号控えさせて貰ってもいいですか?あ、あの勿論疑ってる訳じゃないんですけど、それが私の仕事なんで…あ、駄目ならいいんですけど…」無意識に噛んだ爪から血の味がした。指には何故か乾いた血が付いていた。傷などは無かったので不思議だったがそのまま深く考える事もなくすぐに忘れてしまった。
「うーん。まあ、はい分かりました。」青年が素直に従ってくれて藤本は正直ホッとしていた。藤本が教えられた名前と電話番号を手帳に控え終わると青年はさっさと帰ってしまった。店内には店長と藤本の二人だけになっていた。暫し気まずい空気が流れた。
「あ、あのー…」「あ、あのー…」二人同時に口を開いた。
「あ、婦警さんどうぞ。」
「…あ、はい、では事件とは思えませんが一応聞いておきますけど先程走って出て行った女の子はこちらの店員さん?」
「あ、あ、あの、そ、そ、そうであります。あ、じゃなくて、そうです。そうですバイトの女の子です。」店長は何故か軍人口調だった。
「あの子に何を…ゴホ!ゴホン」話の途中で藤本は咳をしてしまった。
「おや?夏風邪ですか?」
「いえ、誰かが私の噂でもしてるんだと思います。」藤本は大きな溜め息を付いた。誰かというか先輩とその取り巻き連中の陰口なんだろうなと思ったが、もうそろそろパトカーに戻らないといけない時間になっていた、急いで戻らなくてはまた先輩にあれこれ因縁をつけられてしまう。
「すみませんが本官はこれで。何かありましたらすぐに警察へ。」警官らしく敬礼をしてその場を離れた。そしてすぐにパトカーのあったところまで戻った――のだがそこにパトカーは無かった。前にもこういう事はあったので先輩に置き去りにされてしまったのだと判断し、バスで署へ向かった。警官が一人でバスに乗れば目立つだろうが仕方がなかった。

 同7月25日、午後5時30分。

 藤本が警察署へ着くと案の定パトカーは戻ってきていた。署に入ると廊下で先輩がいつもの取り巻き連中と案の定陰口をしていた。
「やっだー置いてきちゃったんですか、超うける。」「だって24時間テレビの最後のサライ合唱だけは見たいじゃない?」「ですよねー。」「あらやだ!藤本さん来ちゃったわ。」
「良いのよ、聞こえたって。」先輩は悪びれる風も無い。「ちょっと!何見てんのよ!?藤本の癖に生意気よ!」
「ご、ごめんなさい!」藤本が謝る理由は無くどちらかといえば向こうが謝るべきなのだが取り敢えず謝ってしまった、典型的な日本人だと言えるが要するにそれが藤本の性格なのである。
「ああ、もう良いわ、行きなさい。あんたのおどおどした態度が面倒くさいのよ。」
「ゴホッゴホ!ゲホゲホ!」藤本の咳が本格的に出始めた。
「ちょっと汚いわね!唾が掛かっちゃったわよ。」「ご、ごめんなさい。ゲホエホ!」
「ちょっとー早くどっか行きなさいよ。」「は、はい。ゴホ!ゴホ!」
「今日からあの娘、石ころ帽子(シカト・村八分の意)にするわよ。良いわね。」わざと聞こえるように言ったのかは分からないが、帰り際にしっかりと耳に入ってしまった。藤本はどこかで泣きたい気持ちになっていた。特に何かをした訳ではないのだが卑屈さがそうさせるのか、藤本は小さい頃からいじめをずっと受けている。自分を変えよう、もっと強く生きたいと婦警になった藤本であったが、婦警になった今でも性格というものはそうは変わらないのものであった。

 翌7月26日午前7時

 警察独身寮の自室。藤本は目覚ましの音でいつもの時間通りに起きはしたが咳が非道い。――やだ鼻血だわ。ティッシュでおさえて暫くすると血は止まったが全体的に体調が優れない。熱も少しあるみたいだし目も充血している。
「はい、今日は病院に寄ってから出勤します、はい。申し訳ありません。」電話を切るとこの近所では一番大きな大学病院へ向かうことにした。廊下で先輩に会った。
「おは…ゴホゴホ…ようございます。ゴホゴホ!!」「ちょっと!汚いわね。近寄らないで頂戴!…あ!」昨日から藤本を無視することに自分で決めたのをすっかり忘れていて怒鳴ってしまったようだ。そそくさと足早に立ち去っていった。

 同7月26日、午前7時30分。

 風吹大学付属病院。藤本は待合室のベンチに座った。今日は老人達の定番の病気自慢の井戸端会議が無かったようで割と空いていた。しかし暫くするとベンチはいくらでも空いてるのにも関わらず男に隣へぴったり座られた。男は冷房が効いているのに汗を掻いており秋葉原の混雑した同人ショップのような饐えた匂いがする。ベンチは空いてるのでそれとなく横にそっとずれた。――のに男は同じだけ寄ってきた。
「あの、昨日の婦警さんですよね?」と、この40過ぎの禿げた男は馴れ馴れしく笑顔で声を掛けてきた。
「昨日、僕と会ったじゃないですか!?憶えてますよね?」
「えと、あ、あの…はい。」正直全く記憶に無かった。しかしキッパリ覚えていないといえる性格でもなく、何とか話しているうちに思い出そうと、はいと答えてしまった。
「ベネ!ベネ!」男は小声で何語か分からない独り言を言いながら汗を拭き始めた。藤本は男が誰だかまだ思い出せない。藤本の方は嫌な冷や汗をかき始めた。
「僕のハンカチ使いますか?」男がハンカチを差し出してきた。
「いえ大丈夫です。」不思議と使う気にはならなかった。
「ぼ、ぼ、僕と結婚して下さい!」唐突だった。余りの脈絡の無さに放心状態でガラスの仮面の様な真っ白な目になってしまった。
「ええっ!?」藤本は何でいきなりプロポーズされてるのか全く分からず驚きの声を上げてしまった。勿論いきなりじゃなくても返事はNOだったが、藤本は完全にパニックになってしまった。藤本がオロオロしていると男は返事を待って目をキラキラさせてこちらを見ている。ニタニタと気持ちが悪い。まるで発情したガマガエルのような笑顔でこちらを見ている。興奮したのか男は鼻血が出てきた。慌ててハンカチで鼻を押さえている。息遣いがハァハァと荒い。まるで土俵入りの時の――ああ思いだした昨日のコンビニの店長だわ。コンビニの制服じゃなかったから分からなかったのだ。勿論、誰だか分かったからといっても事態は変わらないが。店長はじっとこちらを見ている。藤本が硬直していると――
「――藤本アコ様、お入り下さい。」看護婦さんの呼び出しだった。
「は、はい!今行きます!」――良いところで!天の助けだわ!取り敢えずこの場からは逃げられるわ。間髪いれずに返事をした。
「看護婦さん!大事な話の途中なんです!後にして下さい!」「そんなこと言われましても…それでは次の方お呼びしてもいいんですか?」
「いえ!今、行きますから!」藤本がベンチから立ち上がると店長に手を掴まれた。
「今すぐプロポーズの返事を下さい!」手が汗か油かでヌルっとしている気持ち悪い。離そうとしてもガッチリ掴んでいて外せそうもない。
「ちょ、ちょっとパトカーを呼びますよ!」既に自分が婦警なのは忘れてしまっていた。
――怖いこの男は何をするか分からないわ――断ったらどうなるか…藤本の頭はぐるぐると空回りを始めてしまった。
「あの、診察に呼ばれてますので、取り敢えず離してください。」――もはや何を言っても無駄のようだった
「それじゃ診察終わったら答えますから……。」
「分かりました。1万と39年待ったのですから今更10分、20分待っても変わりは無いです。待ちましょう。」
 藤本は逃げるように診察室へ逃げた。

 同7月26日、午前8時。  

 藤本が診察室に入ると医者というには貧相な冴えない感じの中年が、眼鏡を中指でクイクイ上げながらこっちを舐めるように見ている。頭からつま先までまるで鑑定士のようにジロジロと見ていてなかなか診察を始めようとしない。
「あ、あの?何か?診察をお願いします。」「ああ、これは失礼、では始めよう。今日はどうなさいました?」
「昨日から咳が止まらないんです。」「じゃ、あーんして。」藤本は言われた通りに口を開けた。
「違う違う、あーんって声に出して開けなさい。」おかしなことを言う医者だとは思ったが言われた通りあーんと声を出して口を開けた。医者は満足したのか頷くとヘラを使って咽喉の検査を始めた。あまり丹念に調べるのでヘラの鉄の味でちょっとえずいてしまった。――それにしてもちょっと長過ぎた。随分と時間が掛かるので何か異常な兆候でも見つかったのだろうかと不安になり始めた。
「先生、どこか悪いところでも?」
「いや、全然。」「………。」
「それじゃ次は聴診器を当てるから服を脱ぎなさい。」「はい。」
「いやいやいや違う違う。ブラジャーも取りなさい。」「え?」
「ん?どうしました?一人では外しにくいのですか?」「いえ、そうではなくて聴診器くらいなら普通はブラしたままでも大丈夫だと思うんですけど…。」
「それじゃ何かね、医者の私よりも素人のあなたの判断のほうが正しいというのかね?それともあれかね、医者はみんな変態医師だとでも言うのかね?AVの見過ぎではないのかね?」
 強い口調でそこまで言われてしまって思わず「わ、分かりました。」と条件反射的に従ってしまった。でもまあ確かにお医者様がそこまで言うのなら脱がないと分からないものなんだろうと渋々外した。
 診察が再開されたが意外と普通の触診だった。ブラを取る必要性は感じなかったが疑って悪かったとは思った。
「これはただの風邪だね。ビタミン剤を処方しておきしょう。」
――ただの風邪か。随分時間掛かった割には普通の答えだと思った。勿論大きな病気が見つかればそれはそれで困るのだが風邪と言われると何となくガッカリする変な心理だった。それにただの風邪でおっぱい見られた…。
「今日は仕事をしても大丈夫でしょうか?」「ああ、それは大丈夫、まあ仕事にも依りますがね。えと…お仕事は何を?」
 警察官がプライベートで職業を聞かれる場合、色々面倒なので大抵の場合は公務員と答えることが多いのだが場合が場合なので「警察官です。」と正直に答えた。
「……で、ではお大事に。」
 警察と聞いてからの医師の声が震えていた様な気がしたが、気のせいだろうか?と思いつつ診察室を後にした。

 同7月26日午前8時半。

 藤本が診察室から出る時に中から待合室を覗いたが店長はやっぱりまだ居た。診察中から入り口をずっと見張るように見ていた様で、すぐに見つかってしまったので仕方なく待合室に出た。お預けを食った犬が良しと言われたみたいにすぐに店長は食い付いてきた。
「返事は返事は頂けますか!?」「…あ、いえ…急にそんなこと言われましても…又後日…」
「駄目です!そうやって女の人は連絡なんかしないんだ!いつもそうなんだ!」
「ちょ、手を離してください。困ります。」「返事をくれれば離します。」
――返事はNOに決まっている。でもうまく断らないとこの男は確実にストーカーになりそうに思えた。
「じゃあ後で今日中に必ず電話しますから、それで勘弁してください。」手帳を一枚破いて渡した。咄嗟のことで出鱈目で自然な電話番号が思いつかなかったので書いてあった番号をそのまま渡してしまった。それは昨日のコンビニの青年の番号だった。まずい処置ではあったが取り敢えずその場を離れることは出来た。藤本は一度も振り返らずに逃げだした。

 同7月26日、正午。

 ビタミン剤を処方された後も相変わらず咳は酷かったので、パトロールはやめて藤本は署で書類などのデスクワークをしていた。すると先輩が自分を呼びに来た。たしか無視されている筈では?――さては解除になったのかしら?と喜びついて行った。すると私に面会が来ているのだと言う。心当たりは全く無かったので身内に何かあったのだろうかと気を揉んでいると、そこには店長の姿があった。――いじめがまだ続いていることが分かった。それはそうだった。何もしてないのに事態が良くなることなど何も無いのだから。先輩にあいつはストーカーだと必死で説明したがニヤニヤするばかりで、無理矢理に引きずり出されてしまった。すると店長がこちらに気付いて、もう我慢出来ないコーンフレークのCMのようにダッシュで向かってきた。
「プロポーズの返事を聞かせてください。」余りにもキモいので藤本は思わず吐いてしまった。
 しかし吐いたと思ったそれは血だった。それも大量な血。目や鼻からも出血している。自分は死ぬんだわと直感で分かった。――自分の性格が最後まで変わらないまま死んでしまうのだけが心残りで悔しかった。

7月26日、正午過ぎ。藤本アコ、永眠。享年24歳。
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◆ 運命の赤い糸
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 浦沢弘39歳コンビニ店長。
 7月25日、午後5時。

 コンビニの店長である浦沢はその駐車場でゴミを焼いていた。アパートから常連の上遠野が降りてきているのが見えたが遠くて挨拶が面倒だったので気付いていない振りをしてしまった。向こうもこちらには気付かなかったのか、それとも阿吽の呼吸だったのか中に入っていった。掃除を再開すると汗がだらだらと頬を伝ってきた。顔を上げて汗を拭くと婦警さんの姿が見えた。世の男性には概ねその傾向があるようだが特に浦沢は婦警さんやスチュワーデス、女子高生などの制服を着た女性が大好きであった。見ると年は24歳くらいだろうか?なかなか可愛いい婦警さんでセーラー戦士で言えば亜美ちゃんのような控えめで大人しいヒロインに見えた。浦沢はすぐに得意の妄想の世界に入った。浦沢が上司の刑事で亜美(仮)ちゃんはその部下という設定だった。更に浦沢はとある麻薬事件の捜査中でコンビニの店長として変装しアパートに住む薬の売人を泳がせているところで、そこへ亜美(仮)ちゃんが捜査中にもかかわらず浦沢を心配して危険を顧みずに思わずコンビにまで見にきてしまったという妄想。ここまで展開していた所で現実世界では浦沢が先刻からジロジロ見ていることを婦警さんに気付かれてしまった。目が合うと婦警さんが笑顔で会釈してきた。浦沢はびっくりしたが笑顔の会釈で返した。
お互いに笑顔で見つめ合っている。――が、浦沢はもともと女の子の目を見て話せない人間なのですぐに目を逸らしてしまった。ごまかす為に掃除を再開したが掃除に身が入らない、胸がドキドキする。浦沢にとっては女性に笑顔を向けられるというのは、自分が笑われている時にしか見られないものでそうそうある事ではなかった。――ロマンスの神様この人でしょうか?浦沢はそう思った。39歳と24歳か…15歳差なら子供は何歳の時に作ろうかな?とか、危険な婦警の仕事は辞めさせて亜美(仮)ちゃんがコンビニの制服を着て自分の隣でレジをしてくれる想像、いや妄想をしていた。
「な、何するだぁー!」店内から大声が聞こえた。声からすると上遠野の声のようだった。浦沢はしまった!奴を泳がせすぎたか!と一瞬思ったがすぐに現実に戻り急いで店内へと戻った。
 その時、店内からバイトの月宮ともが飛び出してきたのでとっさに捕まえた。
「ちょ、おま、何事です。」「前世からの約束なの!」
 そこへ上遠野もすぐに追いついてきた。
「あ、上遠野さんどうも、ばんわ。」「こんばんわ。」
「上遠野さん一体どうしたの?」
「ちょ店長、何なのこの店員!ちょっとこれ見て下さいよ、何かされたよ!?」血だらけの手のひらを見せられた。
「ちょ、ともちゃん、どーゆーこと?」しかしもう月宮は隙を見て外へ逃げてしまった後だった。
「店長パトカーを呼んでください!」
 その時ウイーンと自動ドアが開いた。
「いらっしゃいませ!」浦沢は思わず条件反射してしまった。もはや職業病である。
「あ、いや私、あの、警察で、お客じゃなくって。あ、いや、そうじゃなくって今、大きな声が、な、何か事件ですか?」
 浦沢はまずいことになったと思った。警察沙汰にでもなったらフランチャイズの本部から怒られてしまう。下手をしたら契約を取り消されてしまう…。かといって目の前に警察が居るのに警察には言わないでくれとは言えないし…。
「丁度良かった、ちょっとこれ……」――まずい!浦沢が婦警さんに喋ってしまう。
 浦沢は必死にウインクをして上遠野に伝えようとした。しかし浦沢は子供のときからウインクが出来なかった。片目だけつむろうとしてもピクピクと引きつってしまう。
「ん?どうしたんです?店長?」駄目だ、全然伝わってない…。もう一度ウインクをしてみたがピンと来ないようだった。上遠野は鈍いらしい。そこで婦警さんに見えないようにシーッというジェスチャーをした。長島監督がバントのジェスチャーでサインをして敵チームに丸分かりだったと言うエピソードを思い出した。
「あ、いや、何でも……ありません。」上遠野がようやくごまかしてくれた。婦警さんには気付かれずに済んだようだ。
「だからぁ!何でも無いって!」上遠野が婦警さんに大声を出した。
「…そ、そうですか…分かりました。…あ、いや、でも……」婦警さんはおどおどしていた。浦沢はそれを見てちょっと萌えた。暫く上遠野と婦警さんとでやり取りをしていたが大事にはならずに済んだようだった。上遠野はそそくさと帰ってしまったので店内には浦沢と婦警さんの二人だけになっていた。
 お互いに喋らない気まずい間があった。浦沢はこれを39年間で唯一来た機会だと思った。アタックチャンス――声を掛けなくては…。
「あ、あのー…」「あ、あのー…」二人同時に口を開いた。
「あ、婦警さんどうぞ。」
「…あ、はい、では事件とは思えませんが一応聞いておきますけど先程走って出て行った女の子はこちらの店員さん?」
「あ、あ、あの、そ、そ、そうであります。あ、じゃなくて、そうです。そうですバイトの女の子です。」浦沢は年頃の女性とまともに喋れない。世間の男がどうやっておばちゃん以外とペラペラ喋れるのか不思議でならなかった。
「あの子に何を…ゴホ!ゴホン」話の途中で婦警さんが咳をした。
「おや?夏風邪ですか?」「いえ、誰かが私の噂でもしてるんだと思います。」
「すみませんが本官はこれで。何かありましたらすぐに警察へ。」婦警さんは敬礼をして帰ってしまった。…帰ってしまった。浦沢は暫し呆然としていた。その後は妄想も上手く展開せず溜め息ばかりついていた。

 同7月25日、午後6時。

 月宮が居なくなったため夜まで浦沢がシフトを埋めなくてはならなかった。一人で客も居ないので得意の妄想をしていた。先ほどの続きで自分と亜美(仮)ちゃんが麻薬捜査〜以下略。しかし何だか咳が止まらない。そこへお客が入ってきた、また上遠野だった。――奴はまだ泳がせておこう。自分が麻薬捜査官だと言うことは悟られずに応対しなくては…。
「いらっしゃいませ。上遠野さん先程はどうも。ともちゃんならあのまま戻って来てないです。ほんとすみません。」浦沢は深々と頭を下げた。
「ああ、もういいですよ。しかしあいつヤバイ薬でもやってたんですかね?」
「や、ヤク?君まさか本当に…あ、いや何でも無い。」「ん?」
「もとい風邪薬はサービスにしとくよ。」「いや悪いですよそんな。」
――危ない危ない妄想と現実の区別が付かなくなってきた。

 翌7月26日、7時30分。

 風吹大学付属病院。浦沢が病院の待合室に着くとガラガラの席に一人の女性の姿が見えた。それは私服だったが昨日の婦警さんに間違いなかった。世間で言えばそれは偶然なのだが浦沢にとってはそれは運命だった。言うなればディスティニーレッドロープ。
 浦沢は婦警さんの隣に座った。それが当然の行為だと思った。病院内は空調が弱いのか恋の熱のせいか暑くて堪らなかった。咳も止まらないが汗も止まらない。髪の毛が頭皮に張り付いてしまっている。婦警さんが席を一つずれた。――照れること無いのにシャイなんだなあと思い浦沢はそっと席を詰めた。
「あの、昨日の婦警さんですよね?」
「昨日、僕と会ったじゃないですか!?憶えてますよね?」
「えと、あ、あの…はい。」婦警さんは頷いた。
 浦沢は確信した。昨日ちょっと会っただけなのに覚えているということは、自分と同じ様に相手も運命を感じたのに違いないと。
「ベネ!ベネ!」意味はイタリア語で良し!浦沢は小声で呟いた。ふと見ると婦警さんも汗を掻いている。
「僕のハンカチ使いますか?」ポケットから替えのハンカチを取り出した。浦沢は常に替えのハンカチ5枚とタオル3枚、ペットボトルのコーラを持ち歩いている。
「いえ大丈夫です。」僕の紳士的な振る舞いで逆に気を使わせてしまったかな?と思ったのと同時にその控えめな感じに萌えた。
「ぼ、ぼ、僕と結婚して下さい!」浦沢は勇気を持ってはじめての告白をした。このタイミングしかないと思った。
「ええっ!?」婦警さんが驚きと喜びの合い混じった声を上げた、それを聞いて成功を確信した。興奮したのか鼻血が出てきた。婦警さんはこちらを戸惑いと嬉しさの混じった瞳でじっと見ている。
「――藤本百恵様、お入り下さい。」看護婦のアナウンスが入った。
「は、はい!今行きます!」
――くそぅ!良いところで!
「看護婦さん!大事な話の途中なんです!後にして下さい!」
「そんなこと言われましても…それでは次の方お呼びしてもいいんですか?」「いえ!今、行きますから!」
「今すぐプロポーズの返事を下さい!」浦沢は婦警さんの手を掴んで引き止めた。
「ちょ、ちょっとパトカーを呼びますよ!」婦警さんが言った。プロポーズの中断をした看護婦は確かにうざいと思ったが何も逮捕する程のことでもないんじゃないかと思った。
「あの、診察に呼ばれてますので、取り敢えず離してください。」ここで離したら負けだと思った。
「それじゃ診察終わったら答えますから……。」
「分かりました。1万と39年待ったのですから今更10分、20分待っても変わりは無いです。待ちましょう。」
 婦警さんの診察を待たされている間に浦沢は、先刻までのテンションが嘘のように落ち込み始めていた。もしかして断られるんじゃないだろうか?今までの39年間が走馬灯のように蘇ってきたが、女絡みのエピソードは大した量が無い上にろくな物は無かったので回想はすぐに終わった。
 そうこうする内に婦警さんがそっと顔だけ出した。キョロキョロと自分を探しているようだった。すぐに駆け寄った。
「返事は返事は頂けますか!?」「…あ、いえ…急にそんなこと言われましても…又後日…」
「駄目です!そうやって女の人は連絡なんかしないんだ!いつもそうなんだ!」
「ちょ、手を離してください。困ります。」「返事をくれれば離します。」
「じゃあ後で今日中に必ず電話しますから、それで勘弁してください。」婦警さんは手帳を一枚破いて番号を渡してくれた。すぐに確かめようかと思ったが看護婦さんに病院では携帯の電源は入れるなと怒られてしまった。その間に婦警さんは見えなくなっていた。

 同7月26日、午前8時。

 浦沢が婦警さんの後に診察室へ入ると、あまり医者には見えない貧相な中年が座っていた。口にヘラの様な物を咥えているのが見える。その医者は店長を一瞥すると舌打ちした。
「今日はどうしましたぁ?ふぁあー。」とあくび混じりに聞いてきた。
「昨日から咳が止まらなくて。」「ああ、それは風邪に間違いないですね。」
「じゃ、ビタミン剤出しとくから。お大事に。」――え?もう終わり?
「あの脱いで調べなくても分かるんですか?」「あんたは風邪。それじゃ次の人呼んでー。」
 浦沢はすごすごと出ていくしかなかった。次はもっと良い病院に変えようと思った、といっても浦沢の考える良い病院とはイメクラかAVの中にしか無いのだが。

 同7月26日、午前9時。

 浦沢はコンビニに戻って携帯を見ていたが婦警さんからの連絡は無い。受信状態が悪いのかと思って外に出てみたが連絡は無かった。勿論Eメールセンターにも問い合わせた。浦沢は催促の電話を掛けてみた。「もしもし?」
「もしもし、どちら様?」相手は男の声だ。すぐに切った。
 浦沢は番号を確かめたがメモに書いてある通りで間違いは無かった。念の為1と7、6と0の見間違えかと思って試してみたがやはり違う。浦沢は思い切って警察署に電話してみた。名前は病院で呼ばれていたので覚えている。
「あのそちらの署に藤本望都さんって方が居ると思うんですけども。」
「同姓同名で2人居ますよ。どちらの藤本でしょうか?」ガチャ!浦沢は予想外の答えで動揺して思わず切ってしまった。浦沢は気を取り直してもう一度電話を掛けた。「あ、あのセーラー戦士で言えば亜美ちゃんみたいな感じの大人しそうな人です。」
「……それで藤本にどういったご用件でしょうか?」「あ、あの僕、婚約者なんです。」
「え?藤本さんと婚約してるの?ちょ、ちょっと待ってくださいね。」保留音が流れた。
「お電話変わりました。」「あれ?藤本さん?声が?」
「あ、いや私同僚の者ですが、ちょっといくつか聞かせてくださいね。婚約者さんお歳は?」
「39です。」「(小声)えー!うっそー39だってぇー!」何だか電話の向こうでワイワイやってるのが聞こえる。
「お仕事は何を?」「は?あのコンビニの店長ですが…。」「(小声)コンビニ店長だってさ、店長って稼ぐのかな?」
「いつから付き合ってるんですか?」「え、あ、昨日からです。」
「(小声)昨日って何?どーゆう事?一日で婚約したの?どーゆー意味?」
「知り合ったきっかけは?」「あ、昨日コンビニで運命的な出会いで…」
「(小声)ねえ、何かおかしくない?うん、変だよね?これもしかしてストーカーとかじゃないの?」ガチャ!浦沢は電話を切った。
 するとたちまちに電話が鳴った。
「もしもし浦沢ですが…」「あ、先刻の婚約者の人?」
「あ、いや、違います。」リダイアル?もしくは警察だから逆探知か。浦沢はしまったと思ったがごまかせる状況ではなかった。
「ぷっ。まあいいわ。あんた面白そうだから会わせてあげるわよ。今日はあいつ署でデスクワークしてるからお昼休みにYOU来ちゃいなYO!」

 同7月26日、正午。

 浦沢は言われたとおり風吹署に来ていた。
「あ、あんたね先刻のストーカーさんは?」初対面なのに何故自分だと分かるんだろう?と思う間もなく「呼んでくるわ。待ってて。」――行ってしまった。暫く待っていると数人で引きずるように藤本を連れて来た。浦沢はすぐに駆け寄った。
「プロポーズの返事を聞かせてください。」それを聞いて取り巻きの連中はニヤニヤしている。
 藤本が口を開こうとしたその時、藤本は吐血して倒れた。
「ちょ、一体何?」「あんた一体、何をしたの!」浦沢は先輩と呼ばれる女に詰め寄られた。婦警さんが暫く血を吐いた後に動かなくなった。取り巻き達は我先にと逃げ出してしまった。
「あ、みんな待って私も…」先輩と呼ばれてる女は逃げ遅れたようだ。浦沢はその女には構わず愛する婚約者の元に駆け寄った。
 が、その時、浦沢の体にも異変が起こり吐血した。先輩と呼ばれる女は浦沢の吐血を全身に浴びて泣き叫んでいた。しかしそれはもはや浦沢には関係のない話だった。

 同7月26日、正午過ぎ。浦沢弘、永眠。享年39歳。
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◆ 赤ひげ
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 月宮不二雄49歳、医師。
 7月26日、午前8時

 月宮は患者のカルテを読んでいた。歳は24歳か、サザエさんと同じだな。サザエさんの趣味は読書(特に推理小説が好き)。特技はモノマネ(特にゴリラのマネがうまい)とカツオを追いかけること。宝物は婚約時代にマスオからプレゼントされたハンドバッグ…などとくだらないことを考えていると患者が入ってきた。サザエさんと違いむしろ大人しそうな女性だった。顔は――可愛い83点。スタイルはB92W57H84くらいか、胸はかなり大きかった。巨乳といって差し支えないだろう……等と真剣にチェックをしていた。合格ラインだったので盗撮ビデオの電源を入れたところで――
「あ、あの?何か?診察をお願いします。」いいところで患者に中断されて少し機嫌が悪くなった。
「ああ、これは失礼、では始めよう。今日はどうなさいました?」「昨日から咳が止まらないんです。」
「じゃ、あーんして。」月宮が言うと患者は口を開けた。しかしそれは月宮のイメージ通りでは無かった。
「違う違う、あーんって声に出して開けなさい。」「あーん。」今度は月宮のイメージ通りだったため満足した。今度はヘラで咽喉を検査してみる。特に目立った腫れ等は無かった。それで検査は終わっていたが月宮はヘラで舌をめくったり、ちょっと奥までヘラを突っ込んだりしてみた。患者がちょっとえずいた。それを見て月宮は段々興奮してきた。次はもっと奥まで入れてみようとしていると――
「先生、どこか悪いところでも?」
「いや、全然。」また中断させられて仕方なく諦めた。ヘラは自分用に丁寧に保管した。
「それじゃ次は聴診器を当てるから服を脱ぎなさい。」「はい。」
 患者はブラ一枚になった。月宮にとって下着とは白に決まっていた。シルクなら尚良い。だからブラが白ではなくピンクだったのでムッとした。ただ先程からの患者の反応を見る限り大人し過ぎて、何でも言うことを聞きそうなタイプなのが分かったので、月宮は調子に乗ってカマを掛けてみた。
「いやいやいや違う違う。ブラジャーも取りなさい。」「え?」
「ん?どうしました?一人では外しにくいのですか?」「いえ、そうではなくて聴診器くらいなら普通はブラしたままでも大丈夫だと思うんですけど…。」
「それじゃ何かね、医者の私よりも素人のあなたの判断のほうが正しいというのかね?それともあれかね、医者はみんな変態医師だとでも言うのかね?AVの見過ぎではないのかね?」「わ、分かりました。」強い口調で言ったら案の定だった。患者はいわれた通り渋々ブラを取った。半切れして医師の判断を持ち出せば大体従うものだ。それは良かったのだがブラを取ったバストが73くらいだった。寄せて上げる技術革新が恨めしかった。巨乳じゃないと知るとすっかり熱の冷めた月宮は一般的な普通の触診をした。
「これはただの風邪だね。ビタミン剤を処方しておきましょう。」
「今日は仕事をしても大丈夫でしょうか?」「ああ、それは大丈夫、まあ仕事にも依りますがね。えと…お仕事は何を?」
「警察官です。」
――もしも患者の胸が1cm高ければ歴史は変わっていたに違いなかった。多分抑えられずに揉んだ挙句に逮捕されていただろう…こんなに大人しいのにまさか婦警だったとは。
「……で、ではお大事に。」月宮の声は少し震えていた。落ち着こうと思って先ほど保管しておいた唾液つきのヘラを舐めたがカチカチと歯が当たってしまい、いつものようには楽しめなかった。

 同7月26日、午後1時。
 
 もう鉄の味しかしないが、何となく癖でヘラを舐めていた。そこへ急患が二人運ばれてきた。多分自分が見てもどうにも出来ないぞとは思ったが、医師のほとんどが食事を取っていたので初期診断だけはしてくれと頼まれてしまった。
 一人は男の患者だった。全身の穴という穴から出血している。すでに事切れていた。救急車で運ばれる頃にはもう死んでいたようだ。
 もう一つは女の患者だった。こちらも先程の男と同様に穴という穴から出血して死んでいた。まだ若そうなのに勿体無いな、と良く見てみると死体は午前中に診察した婦警の患者だった。…風邪じゃなかったのか、ひょっとするとこれは熱帯地方で流行る出血熱の類かもしれないと月宮は思った。だとするとウイルス伝染病、血液感染、空気感染、唾液感染――まずい!月宮はヘラを吐き出した。先程から咳が止まらなくなっている。
――患者は確か昨日から咳が出たと言っていた。咳が出始めて翌日には死亡か――俺の命も明日までか。自分が死ぬと分かった月宮の行動は早かった。
 診察室の盗撮ビデオを取り外して処分した。集めたヘラ等の戦利品コレクションも処分した。

 同7月26日、午後1時30分

 自宅に戻ると娘の月宮ともが居た。相変わらず不気味な薄笑いでブツブツ呟いている。
「すまんがちょっと片付け物があるから部屋には入らないでくれ。」
「……。」返事は無かったがまあこれでノック無しで入ってきたりはしないだろう。
 PCのHDDをフォーマットした。AVコレクション「淫乱看護婦シリーズ」と「いけない婦警シリーズ」を見て使った後に処分した。あとは病院の研究棟に隠してあるものの処分だけだったがカードキーがあるべき筈の金庫に入っていない。
「とも、父さんのカードキーを知らないか?」「……知らない。」
 何かの記憶違いなのか仕舞った場所が分からなくなってしまった。鞄の中も机の中も探したけれども見つからなかった。探すのをやめても見つからなかった。

 同7月26日、午後2時30分

 死を覚悟した月宮にはもはや怖いものなど無かったので直接病院で同僚の医師を捕まえてカードキーを奪った。幻覚剤の棚をあけると、幻覚剤は空っぽになっていた。誰かが不正な横流しでもしているのだろうか?と気にはなったが今はそれ所では無いので、その脇に隠してある録り貯めた盗撮ビデオテープを取り出した。次に研究用のウイルスが入った保冷庫にしまってあるロリータビデオと娘に悪戯した時のビデオを回収した。と、その時、異常に気付いた警備員に見つかってしまった。いずれにしてもこのビデオを見られる訳にはいかなかった。取り押さえられる前にビデオに火を付けた。テープなので中々火が付かない。そこいらの薬品を掛けたら物凄い音と共に炎が上がった!それは衣服にまで燃え移り月宮は火ダルマになってしまった。
 ビデオは無事に焼却処分できた上に、月宮自身の火葬をも済ますことが出来たので目的は達成した言えるだろう。

 同7月26日、午後3時。月宮不二雄、焼死、享年49歳。
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◆ アンゴルモアに花束を
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 月宮とも、女子高生16歳。
 7月25日、午後4時30分

 「1999年7の月、恐怖の大王が降りてくる。」月宮ともは自宅に引きこもっていた。部屋には注射器と幻覚剤の錠剤が転がっている。目が虚ろでぶつぶつと何やら独り言を言っている。月宮は瓶底眼鏡を掛けた。ケント・デリカットよりも度の強い眼鏡が無いと何も見えないからだ。そしてアンモニア耐性エボラ出血熱ウイルス突然変異ωと書いてある薬瓶を手に取った。
「アンゴルモアを甦らせ」それを注射器で吸い出しポケットにしまった。
「世界を幸福の名の下に支配するだろう。」同ワクチンαと書いてあるほうは自分に注射した。
――救世主を探しにいかなくっちゃ…。月宮はバイト先のコンビニへ向かった。

 同7月25日、午後5時

 暇で楽なバイトだったが今日は珍しく客が入ってきた。20歳前後の青年だった。サンダル履きの軽装で顔もいまいちだった。月宮は幻覚剤を4錠ほど飲んだ。すると青年は幽遊白書の蔵馬のような長髪の美男子になっていた。クールだが時に熱いナイスガイ。自分に兄弟が居るならという理想像がそこに居た。月宮は青年を「お兄ちゃん」に決めた。
 お兄ちゃんがレジへやってきていくつかの商品と5000円札を出してきた。いよいよだった。
「……ゆんゆんゆん…ブツブツ……大丈夫、救世主は必ず見つけるわ。」飛影も私を応援してくれている。会計のレジ打ちを済ませた。お兄ちゃんは募金箱を見ていて気をとられている。注射器を手に持った。
「あ!ちょ、ちょっと!」「お兄ちゃんお釣り!お釣りなんですぅ!」と呼び止めた。

「あ、いけねえ、お釣りか…」お兄ちゃんがお釣りを取る為に手を出した。

「えっと、えっと10円のお釣りになりますぅ。」「……ごめんねお兄ちゃん。お兄ちゃんは魔女に殺されるかもしれないの。」月宮はお兄ちゃんに注射器を使った。
「???」「痛!!!」
「な、何するだぁー!」お兄ちゃんが大声で叫んだ。
「お兄ちゃんどいて!」月宮はお兄ちゃんを押しのけて外に向かって逃げた。――が店の入り口でちょうど大声を聞きつけて入ってきた店長に止められてしまった。
「ちょ、おま、何事です。」「前世からの約束なの!」月宮は店長の隙を突いて逃げた。

 翌7月26日、午後1時30分

 月宮は自宅でテレビを見ていた。ニュースでは風吹警察署で謎の出血死が十数名出ていると速報を打ち始めていた。そこへ父親の月宮不二雄が帰ってきた。こんな時間に帰ってくるのは珍しいと思ったが関わり合いたくはなかった。
「すまんがちょっと片付け物があるから部屋には入らないでくれ。」
「……。」あの悪戯をされた日から父とはまともな会話はしていない。
「とも、父さんのカードキーを知らないか?」「……知らない。」良くて一言答えるだけだ。

 同7月26日、午後3時

 月宮はテレビの報道特番「テロリストの犯行か!?警察署員、謎の大量出血死」を見ていた。――電話が鳴った。
「警察です。誠に気の毒なお知らせなのですがそちらの月宮不二雄さんが本日2時頃お亡くなりになりました。」「魔女の仕業なの?」
「は?いえ目撃者の証言によるとどうも焼身自殺ではないかと、何か心当たりはございますか?」「お兄ちゃんが懲らしめてくれたんだわ!」
「お兄さんが居るんですか?」「…おかしいよね。お兄ちゃんなんて居ないのに。」月宮は電話を切った。

同7月26日、午後4時

「たった今入った情報によると風吹署で亡くなった方の中にコンビニエンスストア店長の浦沢弘さん39歳が居た事が分かりました。警察署員以外での唯一の被害者として事件と何らかの関わりがあるのではないかと現在原因を調査中です。」

同7月26日、午後5時

「死因がウイルス性の出血熱である疑いが強くなってきました。状況から空気感染の恐れもあると見て警察及びその周辺地区への戒厳令が敷かれました。有効な予防・治療法はまだ見つかっておりません。」

同7月26日、午後6時

「専門家によると空気感染はほぼ間違いないとのことで、風吹町全土に戒厳令が敷かれました。現在隣接道路には自衛隊が出動して暴動を警戒しています。同住民の方や近隣住民の方はどうか冷静な対応をお願いいたします。」

翌7月27日、午前3時

「臨時ニュースをお伝えします。26日に起きた風吹警察署大量出血死事件ですが、今度は風吹大学付属病院での大量死が報告されています。」

同7月27日、午前4時

「臨時ニュースをお伝えします。風吹町外での最初の犠牲者が出ました。これにより神奈川県全土に戒厳令が発令されました。また被害者数は既に50名を超えておりますが今後更に増えるのではないかと予想されています。」

同7月27日、午前5時

「臨時ニュースをお伝えします。東京都での最初の被害者が出ました。…たった今入った情報によりますと首相とその家族が急遽海外への視察を決めて既に出発した模様です。他の有力議員も追随する模様。」

翌7月28日、午前0時

 月宮は国内のテレビ放送が受信できなくなったのでインターネットで海外のニュースを聞いていた。「日本では人口のおよそ99,9%の人間が死亡したと思われます。現在出血熱が発生した地域はニューヨーク、ソウル、ピョンヤン、北京、モスクワの五カ国、各国とも厳戒態勢を敷いていますが拡大は免れないでしょう。専門家によれば地球人口の99,9%の犠牲者が出るのではないかと言われています…」
 月宮は幻覚剤を大量に飲んだ。とても良い気持ちになった月宮は幸福な夢を見た。それは大好きなお兄ちゃんと一緒の幻覚だった。

7月28日、午前0時30分。月宮とも、幻覚剤の大量摂取により永眠。
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◆ 第43話「脱出」
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そしてifは生まれる

 月宮とも、女子高生16歳。
 7月25日、午後5時

 お兄ちゃんがレジへやってきていくつかの商品と5000円札を出してきた。いよいよだった。
「……ゆんゆんゆん…ブツブツ…」「……大丈夫、救世主は必ず見つけるわ。」飛影も応援してくれている。会計のレジ打ちを済ませた。お兄ちゃんは募金箱を見ていて気をとられている。注射器を手に持った。
「あ!ちょ、ちょっと!」「お兄ちゃんお釣り!お釣りなんですぅ!」と呼び止めた。

「あ、いけねえ、お釣りか…」


「あ、いいや。それ募金しといて。」


 お兄ちゃんがお釣りを取らなかったので、月宮はタイミングを逃してしまった。注射器を持ったまましばし呆気に取られてしまった。ハッと気が付いてお兄ちゃんの後を走って追いかけた。月宮が丁度店を出たところで出会い頭に店長のラリアットを食らってしまった。――何故にラリアット?と思う間もなく、手に持っていた注射器がはずみで店長が燃やしていたゴミの山へ転がってしまった。
「何するだぁー!」月宮は叫んだ。火の中に手を突っ込んだが熱くて注射器が取り出せない。
「何やってるんだ!?危ない。」店長に取り押さえられてしまった。
 そこへ騒ぎを聞いた婦警さんが駆け付けて来た。
「そこの貴方、ちょっと署まで来てもらえますか?」「ちょ、僕は何もしてないですよ!この子に聞いて下さいよ。」
「どうしたの?あのおじさんに何をされたの?」
 月宮は問いには答えず婦警の手に噛み付いてその隙に逃げ出した。周囲にお兄ちゃんを探したが既に見えなくなっていた。諦めてもう一度ウイルスを取ってくるために病院へと向かった。

 同7月25日、午後5時30分。

 月宮は風吹大学付属病院に着いた。研究棟に入ろうと父のカードキーを使ったのだが扉が開かなかった。ファミコンカセットみたいにフーフーしてから試してもみたがそれでもやっぱり開かなかった。月宮はトボトボボトボトと帰路についた。

 同7月25日、午後6時。

 月宮が家に着くと玄関に見慣れぬ靴があった。変だなとは思いつつもそれほど気にもせず自分の部屋に戻った。
「失敗しちゃったよお兄ちゃん、救世主は見つからなかったよ。来世では一緒になろうね。」月宮は幻覚剤を飲もうと錠剤を出した。と、その時、突然クローゼットが突然開いて何かが飛び出してきた。

 翌月8月15日、午前10時

 月宮は東京国際展示場、通称ビックサイトのコミックマーケット会場に居た。月宮はセーラーマーキュリーのコスプレをしている。隣には店長の浦沢が居る。更にその周りにはカメラ小僧が一杯集まって写真を撮っている。その為の行列も出来ていた。月宮は楽しそうに笑っていた。以前の月宮と比べるとまるで別人のようだ。
 瓶底眼鏡を外してコンタクトにした月宮は大変な美少女だったのだ。月宮がポーズを取るたびにフラッシュが焚かれる。

 月宮は自分の帰れる場所を見つけた。
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◆ 可愛いだけじゃ駄目かしら?
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 月宮不二雄49歳、医師。
 7月25日、午後6時。

 手から出血しているという急患の女性が入ってきた。可愛い患者だったので上から下までじっくりと舐めるように見ていた。
「あ、あの?何か?診察をお願いします。」「ああ、これは失礼、では始めよう。今日はどうなさいました?」
「あの、手を噛まれまして…。」「犬かね?猫かね?」
「…いえ人ですけど。」――それはどんなプレイなんだろう?随分ハードなSMプレイだなと患部を見ると、確かに人に噛まれた跡だったが、既に出血は止まっていて傷もそんなに深く無い様だ。問題は無いな。
「それじゃ次は服を脱ぎなさい。勿論ブラジャーもだ。」「え!?」
「早く脱いでもらえるかね?今日はもう診察時間過ぎてるんだよ?」「…あの噛まれたのは手なんですけど?」
「それじゃ何かね、医者の私よりも素人のあなたの判断のほうが正しいというのかね?それともあれかね、医者はみんな変態医師だとでも言うのかね?AVの見過ぎではないのかね?」と強く出た。大人しそうな患者は半切れして医師の判断を持ち出せば大体従うものだ。患者は暫く考えていたが、急に立ち上がると言った。
「…だが、断る!手の怪我で何でブラジャー取る必要があるのよ!私が素人で大人しいからって馬鹿にしないで!」月宮は手錠を掛けられてしまった。月宮は――これはどんなSMプレイなのか?と思ってキョトンとしてしまった。
「私は警察です。貴方を強制猥褻の現行犯で逮捕します。」
 廊下に連行されるとそこで院長に出会った。「君はクビだ!カードキーの登録も抹消しておく。君の私物は郵送しておくから二度と顔を出すな!」

 その後、月宮は拘束された。
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◆ ラリアットはやめてよね
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 浦沢弘39歳、コンビニ店長。
 7月25日、午後5時
 
 浦沢がコンビニの駐車場で婦警さんに見とれて妄想をしつつゴミを燃やしていると、店の中から飛び出してきたバイトのともちゃんにぶつかった。意図していなかったが丁度出会い頭にラリアットをしたみたいになってしまった。
「何するだぁー!」ともちゃんが絶叫して火に手を突っ込み始めた。
「何やってるんだ!?危ない。」力ずくで羽交い絞めにして止めた。
 ともちゃんは凄い力で必死に外そうとしてくる。そこへ婦警さんが騒ぎに気付いて駆け付けてきた。
「そこの貴方、ちょっと署まで来てもらえますか?」
「ちょ、僕は何もしてないですよ!この子に聞いて下さいよ。」いきなりの変質者扱いだった。
「どうしたの?あのおじさんに何をされたの?」まだ自分ではお兄さんのつもりだったが他人の目はそう甘くないようだった。
 その時、手を緩めた隙を見てともちゃんが抜け出してしまった。そして近付いた婦警さんに噛み付いた挙句、婦警さんをも振り切って逃走してしまった。
「大丈夫ですか?かなり血が出てますけど?病院へ行ったほうが。」
「いえ大丈夫です。それよりも貴方、彼女に一体何をしたんです?」「いやだから何もしてないですって!禿げてるからって犯罪者扱いしないで下さい。」
「…す、すみません。どう見てもアレだったものですから。」「…いえ、もういいです、もう慣れてますから。現実の女の人は皆そうなんです。」浦沢は女性の自分に対する対応を見て三次元が心底嫌になった。
「彼女の住所なら履歴書見れば分かりますから持ってきましょうか?」「…いえ、結構です。この程度の怪我なら事件にはしたくないので。では本官はこれで。」
 婦警さんが帰った後、仕方なく一人でレジをしていたのだが、ともちゃんが逃げたきり戻ってこないので履歴書を見て家に電話をしてみた。出なかったのでまだ帰って居ないのか居留守なのかは分からなかったが、どう見てもあれはまともでは無かったので、近いということもあり直接家へ訪ねてみる事にした。

 同7月25日、午後5時30分

 浦沢はともちゃんの家に着いたが、インターフォンを鳴らしても誰も出てこない。まだ帰っていないようだった。諦めて帰ろうと思ったがふと扉を試してみると鍵は開いていた。無用心ではあったが田舎なのでそう珍しいことでも無かった。玄関まで入って中に誰か居ないか覗いて見た。人の気配は無いが奥の部屋でテレビが付いている様だった。勝手に上がるのも問題なのは分かってはいたが事件性があると思った為、止むを得ず中に入ることにした。
「ともちゃん?居るんでしょう?今日は一体どうしたんだい?」勝手に人の家に入ってるやましさを打ち消すぐらいの大きな声を出しながら部屋へ入った。
 部屋にも、ともちゃんは居なかったがテレビが点けっぱなしだった。丁度24時間テレビが終わるところだった。浦沢は足元に転がっていた空き瓶に躓いた。それには幻覚剤を示すラベルが貼ってある。部屋には散乱した注射器なども沢山転がっていた。ともちゃんが既に常習なのは間違いなかった。浦沢は大変なことに首を突っ込んでしまったことを嘆いたが、もはや手遅れだった。そして浦沢は小心者ゆえに通報することも、逆に黙って見過ごすことも出来なくなってしまった。浦沢は選択肢を選ぶ直前はセーブしておきたいといつも思うのだが現実世界はセーブが出来ないバグ仕様だった。

 同7月25日、午後6時

 玄関から物音が聞こえた。ともちゃんもしくは家の人間が帰って来たに違いなかった。どうやら選択肢を誤り最悪の状態になってしまったようだ。今回の選択肢には時間制限もあったらしい。この状況では今の浦沢は贔屓目に見ても空き巣か変質者である。浦沢はクローゼットの中に隠れた。もう誰がどう見ても完璧にバッドエンドルートである。
 物音の正体は帰宅したともちゃんだった。
「失敗しちゃったよお兄ちゃん、救世主は見つからなかったよ。来世では一緒になろうね。」ともちゃんが何やら独り言を呟きながら幻覚剤を出し始めた。素人目に見てもそれは致死量を遥かに超えていた。浦沢はクローゼットを飛び出した。
「キャー!やめてお父さん!」「いえ、店長の浦沢です。お邪魔してます。」
「な!?何でクローゼットから店長が!?」ともちゃんの疑問はもっともだったが、その隙にともちゃんから薬を取り上げる事が出来た。
「…事情は知らないけど薬なんかダメ、ゼッタイ!」「…知らないなら首を突っ込まないでよ!私には薬が必要なの!」
「…何だか複雑な事情のようだから聞かないけど…戦わなくちゃ現実と!」浦沢はともちゃんを一喝した。
「そりゃー三次元の現実なんて糞ゲーなのには激しく同意だけど、僕は薬に逃げたりはしない。僕には帰れる所があるんだ。」
「…帰れる所?」「二次元さ。僕はゲームオタ・アニメオタなんだ。こんなに嬉しい事は無い。」
「…全然現実と戦ってないじゃん。」「まあそうとも言うよね。」
「二次元ってそんなに良いもの?」「今度夏コミがあるよ。――行けば分かるさ。迷わずいけよ。」

「コミケに行こうよ、ともちゃん。」
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◆ セーラーマーキュリー
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 藤本アコ24歳、婦警。
 7月25日、午後5時。

 藤本がパトロール中にコンビニの駐車場を見ていたら店長が女の子にラリアットしているのが見えた。
「何するだぁー!」女の子が悲鳴を上げて店長に拉致されそうになっているのを必死に抵抗していた。
「そこの貴方、ちょっと署まで来てもらえますか?」
「ちょ、僕は何もしてないですよ!この子に聞いて下さいよ。」店長が女の子から手を離した。藤本は女の子を保護するべく近付いた。
「どうしたの?あのおじさんに何をされたの?」しかし女の子は差し伸べた藤本の手に噛み付いて逃げ出してしまった。本気で噛まれたのでかなり痛い。
「大丈夫ですか?かなり血が出てますが?病院へ行ったほうが。」
「いえ大丈夫です。それよりも貴方、彼女に一体何をしたんです?」「いやだから何もしてないですって!禿げてるからって犯罪者扱いしないで下さい。」
「…す、すみません。どう見てもアレだったものですから。」本当は禿げてるからでなくヲタクだから(それは偏見)だったのだが。
「…いえ、もういいです、もう慣れてますから。現実の女の人は皆そうなんです。」
「彼女の住所なら履歴書見れば分かりますから持ってきましょうか?」「…いえ、結構です。この程度の怪我なら事件にはしたくないので。では本官はこれで。」

 同7月25日午後6時。

「あ、あの?何か?診察をお願いします。」「ああ、これは失礼、では始めよう。今日はどうなさいました?」
「あの、手を噛まれまして…。」「犬かね?猫かね?」
「…いえ人ですけど。」
 噛まれた患部を見せたら納得したようだ。頷いていた。
「それじゃ次は服を脱ぎなさい。勿論ブラジャーもだ。」「え!?」
「早く脱いでもらえるかね?今日はもう診察時間過ぎてるんだよ?」
「…あの噛まれたのは手なんですけど?」
「それじゃ何かね、医者の私よりも素人のあなたの判断のほうが正しいというのかね?それともあれかね、医者はみんな変態医師だとでも言うのかね?AVの見過ぎではないのかね?」
 藤本は考えた。またいつものように押し切られても良いのかと。いいや、良い筈が無い。

 藤本は勇気を踏み出した。


「――だが、断る!」


「手の怪我で何でブラジャー取る必要があるのよ!私が素人で大人しいからって馬鹿にしないで!」
「私は警察です。貴方を強制猥褻の現行犯で逮捕します。」
 
同7月25日、午後6時30分。

「心の友よ!」藤本は警察署に着くなり先輩に呼び止められた。
「聞いたわよ、変態医師を捕まえたんですって?」「え、ええ、まあ…。」
「偉い見直したわよ。藤本にそんな勇気があったとはね。」
「ちょ、先輩、藤本さんは無視するんじゃ?」「ああ!?そんな事する奴は私がぶん殴ってやるわよ。」
「ね、私たち心の友だものね。」「え、ええ、そうですね。」

 大人しい性格はまだまだ直ったとは言えなかったが藤本は少し自信が付いた気がしていた。
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◆ サライ
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 上遠野直樹19歳、大学生。
 7月25日、午後5時。

 上遠野がコンビニで清算を待っているとレジ横の24時間TVとタイアップした募金箱が目に映った。「愛は地球を救う。」箱にはそう書いてある。
――俺が少々の金を募金したって世の中は少しも変わんねえよ。地球を救うのはブルース・ウィリスとかシュワルツェネッガーとかに任せておけばいいのさ……
 そんなことを考えているとレジが終わった。商品を取って帰ろうとすると
「あ!ちょ、ちょっと!」「お兄ちゃんお釣り!お釣りなんですぅ!」と呼び止められた。


「ああ、いけねえ、お釣りか…」


「あ、いいや。それ募金しといて。」


 上遠野は柄にもなくお釣りを寄付した。それは本当にただの気紛れだった。それでも何だか良い事をした気分になって鼻歌を歌いながら店を出た。家に向かって歩いていく途中に、遠くで女の子の「何するだぁー!」という悲鳴らしきものが聞こえた気もしたが気のせいのようだった。

 同7月25日、午後5時30分

 上遠野が部屋に戻ってテレビを付けると24時間テレビが丁度グランドフィナーレを迎えている所だった。司会の徳光さんは勿論、タレント、会場の一般客、スタジオの誰もが泣きながらサライを熱唱していた。いつしか上遠野もそれに合わせてサライを熱唱していた。いつまでもいつまでも。


もっともな指摘を受け修正しました。6月27日。お蔭様でとっても良くなりました。感謝。